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森 蘭丸 パート

 信長の側近で忘れてはならないのがこの人であろう。かなりのイケメンであったらしい。蘭丸も名前がいくつもあり、長定、長康、成利等々、通称この蘭丸で記載する。1577年信長の小姓として弟と2人といっしょに召し抱えられる。父は森可成(よしなり)でこの蘭丸は6人兄弟の3男になる。あと3人姉妹もいた。可成は美濃出身で元々土岐氏に任えていたが、後に斎藤道三の家臣となり1554年には信長の家臣になった。この経過は明智光秀とよく似ている。槍の名手で武勇の誉れ高く攻めの三左と言われていた。京に上洛の際には柴田勝家と共に先鋒を務め、上洛後は恩賞として近江の宇佐山城主となる。これが後にひょっとしたら光秀が信長を討つべくその原因となったかもしれない事になる。

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